リレー日記

<<前へ

てすと

 written by 井階 正惇 投稿日時:2019/11/21(木) 15:20

飯田くんからバトンを受け取りました井階です。やす(飯田くん)はようやく復帰ということでこれで4年生同期が全員グラウンドに揃ったことになります!やっぱり嬉しいですね

あと2週間で看護同期であるやすと惇之介(友納くん)は引退ですので、忙しい日々ではありますがこの時間を大切にしていけたらなと思っております。
 

さて、やすの言うように、僕は防衛医大を代表して、先日行われました天皇陛下即位パレードのと列要員として参加してきました!ラグマネの多武野ちゃんや井上ちゃんも看護学科代表として参列していたので3人で写真を撮りました。その写真を含めてブログを更新するつもりでしたが現在テスト週間中なのでなかなか時間が取れず、今に至ります汗 

ついさっき公衆衛生のテストを終えて休憩の最中にブログを書いてます。明日もばちばちテストあります

テスト週間中の防衛医大の文化として差し入れがあります。これは部活や同室、対番系列の先輩後輩からお弁当やスイーーツなどを差し入れし合うという文化で、今は4年生がテスト中ですから多くの方から差し入れをいただいております。時にはお弁当が3つ来ることもありますが、もちろん全部食べて力になっております

今日は誰から何をもらえるのかなというのはテスト週間中の数少ない楽しみの一つですね笑

ちょっと短いですがテスト勉強しないといけないのでご容赦ください汗

次はみんなフォワードに行ってしまい唯一のバックス1年生となってしまった渡部に回します!

復帰

 written by 飯田 将康 投稿日時:2019/11/18(月) 21:13

お久しぶりです。上村君からバトンを渡されました、看護四年の飯田です。

さて、私事ですがケガとか実習とか模試の成績だとかで色々とあり、今年はほとんど練習に参加していませんでした。
練習せず、グラウンドにも行かずで何にもチームに貢献できていませんでしたが、今週の金曜日の練習から復帰し、練習に参加させていただくこととなりました。
シーズンも残り二試合といよいよ大詰めで、そんな大事な時期にブランクがある状態で練習に入っていいものかと不安がありますが、グラウンドに来いと言ってくれたり、練習に顔出してないのにご飯に連れてってくれたり、コソ練に付き合ってくれたり、差し入れくれたりとお世話になった先輩、同期、後輩のためにも自分のできる事をやって、チームの”スパークプラグ”としてプラスに働けるように残りの2週間やっていきたいと思います。
とりあえずは最後の実習が無事終えられるようがんばります!

次は齋藤先輩もブログで言っていたように、天皇陛下即位記念パレードに参加していた井階君にお願いしたいと思います。
よろしく!









無事実習とシーズンが終わったらフォワード日和の方でなんか書きます

 

今年のシーズン

 written by 上村 龍太郎 投稿日時:2019/11/14(木) 22:35

防衛医大の小さい妖精こと杉山さんからバトンを受けました、稲垣啓太に似てると言われがちな上村です笑

先に言っておきますが別に最近寄せていませんよ?笑

皆様にいじられますがそんなことはありませんwwww

さてさて、幸か不幸かこの時期にリレーが回ってきました。おそらく文章が長くなること、そして支離滅裂な内容になってしまうと思いますので先に謝罪します。笑

さてさて、今は絶賛シーズン中でございます。今年も筑波に負けてしまいましたが残り全勝に向けて頑張りたいと思っております。

さて、筑波大学さんには本当に何回負けたか分からないくらい負けています笑

悔しすぎて試合終わって涙がほんとに止まらなかったのを今でもふつふつと思い出します。

そのくらい今年は気合入れていた自信があります。その訳は三つあります。。

一つ目は私事になりますが、留年してしまいました。その原因はやはり自分への甘さと現実とちゃんと向きわなかったことやと思います。やれと言われたことをやらず受けろと言われたことをせずに結果留年。。かなりメンタルにきました正直。なかなか人生うまく行かんなーとか考えておりました。

しかし私が留年するかもというときにラグビー部の当時の監督佐々尾監督、田中部長など先生方が助けてくれました。そして、留年した後は海士先生、湯浅先生、洋太先生など諸先生方、先輩方皆様がしっかり僕を叱り諭してくれました。

あー僕はなんで幸せなんだろう、うちの大学は留年生の扱いがぶっちゃけすんごいので(笑)本当に頑張って医者にならないとな、そしてラグビー部に恩返ししないとなって思いました。

二つ目はやはり今年卒業する方々にお世話になりまくりました。今僕がここでラグビー出来てるのは皆様のおかげです。

得津さんがキャプテンの時僕は本気でこの部活を辞めようと決めました。腰のヘルニアが限界でもう復帰できないと思い自暴自棄になっておりました。ラグビーは好きだけどラグビー部は嫌いだとはっきり言ったことも覚えています。しかしその時得津さんが言いました。お前別にプレーするだけが全てじゃないし何よりここでやめてしまったら俺は明日から一切お前の面倒を見ないけど明日からまた来るなら面倒を一生見ると。

僕はこの言葉だけはこれからも一生忘れませんしこれからも後輩にはそう接して行きたいとも思いました。今更ながら僕を引き留めてくれてありがとうございました。

たくむさんにはご迷惑ばかりかけ本当に人として最低なことばかりしてしまいましたがそれをも許してくれ諭して飯に連れて行って呑みに連れて行ってくれた人です。今考えてもよくこんなに仲良くしてくださってるなと思います笑

春日さんは一生部屋に行きました。ひたすら励ましてくれひたすらにメンタルを鍛えてもらい留年した後も厳しい言葉をかけてくださいました。でも愛情がすごい先輩です笑 ご飯またお願いします!笑

清瀬さんは途中から入ってこんな僕のラグビーの話をしっかり聞いてくれていつも絡んでくださりほんとに嬉しく思っております笑 いつも廊下で会うのは多分清瀬さんが僕のこと好きだからですね。

飯田さんはやめたいときに飯に連れて行ってくれお前は強いよやめないでよやめたら俺もやめると一生言ってくださり励みになりました。早くホルモンいきましょうね笑

そして、とものーさんにはやめたいときに部屋でふて寝してたら親子丼を買ってきてくれ王将に連れて行ってくれ遊びにもよく行きほんとに楽しくいつも接しさせてもらいました。心底これから寂しくなるんやろうなって思います。笑

筑波勝たせてあげれなくてすいませんでした。六年、四年のためほんとに全勝をプレゼントしたかった。

三つ目は出れない人、怪我人のため具体的にはいかいさんのためです。怪我をして長期の離脱をしてしまったいかいさん。

ラグビーに真摯に向かい合うその姿、そして悔しそうにしてる姿僕から見てもかなり心にくるものがありました。

このような三つの理由で勝ちたかったですが負けてしまったからには残り全勝して今できることを全力を尽くすつもりです。

残りこのチームでできるのも少し。

私は生意気ですぐ感情的になるような人間ではございますが誰よりも声を出しみんなを鼓舞しゲインするつもりでございますので残り少し悔いのないよう頑張っていきましょう笑

最後に長くなりましたがラグビーできるこの環境、サポートしてくださる森監督、廣瀬先生、犬伏先生などを始めとする諸先生方、そして両親、友達などなど全ての方に感謝してもっと勉強も頑張りこれからもラグビーできるように頑張ります。

では次はやっとこさ怪我治りました?飯田さんでございます。人をキルした数は数知れず。。。お願いします笑

今日は何の日?

 written by 杉山 正乙 投稿日時:2019/11/11(月) 11:11

最近カタい記事が続いてるから、ここらで一発ヤワいの行っとくか!
そういえば最近買った”小説”に「シリアスを絶対に許さない会」とかいう団体があったな…
とか思ってたら、同期の齋藤がノンビリとした風情のある記事をフォワード日和の方で書いてくれてました。

まぁ他にネタを考えてなかったので、予定通りヤワいのを投下するんですけどね。
…絶対、路線変更しないんだから!

**

というわけで、突然ですが問題です!
今日11月11日は何の日でしょうかッ?!

そう!みなさんご存知!「渋沢栄一の命日」です!!
れいわ(←何故か変換できない)6年から発行される新一万円札の肖像となる方で、88年前の今日、享年92歳で死去なさったそうです。
今までお世話になっていた福沢諭吉から変わっていくと思うと感慨深いですね…
まだまだ恩を返せてないので、早いところ財布に戻ってきてほしいものです。できれば大量に。

違う、そうじゃないとの声を方々から頂きそうなので、そろそろ正解発表を…
そう!今日は!「電池の日」です!!
漢数字の+−(じゅういち)が十一(プラスマイナス)に見えることから、1986年に制定されたそうです。

って、初めて知ったわ。何だ「電池の日」って。理由聞いたら納得だけど。
他にも11人で行う「サッカーの日」、足跡の形から「下駄の日」、差込口の形から「コンセントの日」
さすがWikipedia先生は物知りだな…

…本当は令和1年11月11日の「ポッキー&プリッツの日」ということで、ポッキーを胸筋で挟んでる後輩の写真でも撮ろうかと思ってたのですが断念しました。この時間に投稿したかったから仕方ないね。


もはやヤワい通り越して内容が無いよう状態でした。本当にお目汚し失礼しました。
次は防衛医大の稲垣啓太こと、上村くんにバトンを渡したいと思います。

飛躍の年

 written by 栄 裕介 投稿日時:2019/11/07(木) 23:00

福森君に続きまして、医学科4年の栄です。
前回のリレーブログで体育祭の話を別で書くと言ったのを完全に忘れていました。オフに1年の総括として、フォワード日和にでも書きます。
今回はタイトル通り、自分が何かしら成長できたのではないかと思う事をいくつか話そうと思います。

まずラグビーの話ですが、今年は僕にしては珍しく(?)1月の新体制始動から継続的に部活が出来ていました。毎年骨折や病気で長期抜ける事が多かったのですが、今年は夏休み明けまでほぼ全ての練習試合に少しでも出してもらえて、やっと経験値を積む事が出来ました。夏休みが明けると、勉強が原因で平日の部活動を制限されてしまい、学年で行われた勉強会に参加することになってしまいましたが、その成果か今回の模試では学年平均程度まで成績が向上したので、再度部活に参加できています。まだ公式戦への出場は叶っていませんが、それでも今までで一番大きく成長出来たと自信を持っています。残りの期間も全力で挑みます。

2つ目は、上級生になって今までは経験したことがなかった経験をさせていただけたことです。体育祭準備委員長もそうですが、後期に入って小隊長に任命されました。初めて長期勤務学生になりましたが、高橋君の中隊長や、井階君の大隊長と比べると、仕事も責任も全く大きさが違います。それでも任された以上は全うしたいです。

3つ目は、医療人としての心構えといいますか、覚悟が本当の意味で固まった事です。今年の夏合宿中に、去年から末期肺がんで在宅医療中だった祖父が亡くなりました。夏休みの帰省後すぐから、夏合宿に向かうために挨拶しに行った時まで3回ほど顔を出したのですが、その約3週間での変化は衝撃でした。まだ自分で体を起こせていた祖父が、立てなくなった途端目に見えて衰弱していました。
「死期が近い患者はにおいで分かる」みたいな話は、きっと皆聞いたことあると思います。今回これは本当だと思いました。言葉通りの空気もそうですし、覇気というか雰囲気というか、よく例えでいう「空気」も大きく変わっていてしまいました。看護学生の妹も分かってしまったと泣いていたので、きっと勘違いでは無いと思います。
家に居たがった祖父がホスピスを希望したため、僕が東京へ戻ると同時に入院となりましたが、その数日後、祖母に手を握られてる間に、側に居た娘や息子たちさえも気づかないくらいひっそりと、安らかに旅立ったそうです。臨終の方が届いたのは、「いつ死んでもおかしくない」との連絡をうけ、練習後すぐに新幹線で戻っている最中でした。合宿へ向かう時点で、近いうちに亡くなる覚悟はしていたし、連絡を受けた時点で最期に間に合わない覚悟も決めたつもりでした。それでも、あまりの無力さに、新幹線内だというにもかかわらず、まったく涙が堪えきれませんでした。
僕の父は若くして両親を亡くしていたので、僕にとって祖父・祖母は1人ずつしか居ませんでした。また、遠い親族でさえも、今まで亡くなった人が居なかったので、人の死に最初から最後まで関わるのは、これが初めでのことでした。24歳にもなって、辛いこと、悲しいことは数多く経験してきたつもりでしたが、それでもあまりの辛さにくじけそうになりました。正直気持ちの整理も出来ず、合宿への合流を断念しそうにもなりました。
それでも、お世話になった6年生や、今年卒業してしまう同期と一緒に戦える機会は数えるほどしか残されていなかったので、気力を振り絞って菅平まで行きました。この選択をしたことは正解だったと思います。

あまりにも収拾がつかなくなってきたので、ここで終わって、また思いついたらフォワード日和に書こうと思います。次回は、実は唯一の高校同世代、第五学年杉山先輩に回そうと思います。よろしくお願いします。
«前へ

<< 2019年11月  >>

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30