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ブログ 魚住 洋一さんが書いた記事

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頑張って![リレー日記 ~OB編~]

 written by 魚住 洋一投稿日時:2011/10/13(木) 19:35

現役のみなさん、コーチ陣の皆様、OB,OGの皆様ご無沙汰しております、20期魚住です。

初戦は残念でしたが、練習は気合いが入っているようなので、2戦目以降全勝を目標で頑張ってください。初戦の試合前に「失敗したらどうしよう」って思ってた人は、「よし、もう大丈夫だ」と思えるまで繰り返し練習しましょう。気持ちの準備に失敗したなぁと思う人は、ゆっくり時間をかけて23日がピークとなるよう、今から気持ちを作っていきましょう。昨シーズン、どんな思いで3部にあがって、今年1年、どんな気持ちで練習してきたのか日々振りかえりましょう。チームとしてBestを尽くせば必ず結果はついてくると思います。健闘を祈ります。怪我だけは気をつけて。

自分たちが思っている以上に周囲の皆は現役のみんなを応援してます!

 

さて、実はみなさんが初戦を迎えた9月18日、現在の勤務地 名古屋からほど近いセントレア国際空港周辺で、アイアンマン70.3マイル セントレア常滑Japan に参加しました。いわゆるトライアスロンです。

http://ironman703.jp/

なんとか6時間38分で完走することが出来ました。感想は「一日で終わるから、ラグビーの夏合宿より楽かもな。」でした。

みんな勝利に向かって毎日、限界まで練習してることと思います。その貯金で今回のトライアスロンは完走することが出来ました。次回チャンスがあればもう少しタイムを縮められるようこれからも精進したいと思います。なんせ益子先生よりも年上の人にバンバン抜かれますからねぇ。悔しいですよ。

政府広報壁新聞[リレー日記 ~OB編~]

 written by 魚住 洋一投稿日時:2011/04/15(金) 13:18

現役部員、OBOGの皆様、ラグビー部をご支援頂いている皆様、ご無沙汰しております、20期魚住です。発災後、第10師団の医務官として幕僚活動、衛生救護支援のお手伝いをしています。第10師団は宮城県南部の名取市、岩沼市、亘理町、山元町を中心に行方不明者の捜索、民生支援(給水、炊き出し、衛生支援、物資の輸送など)を行っています。本日、政府が避難所で生活される被災者の方々へ週2回発行している壁新聞(岩手・宮城版)の第一面に、私が編集させて頂いた健康上のアドバイスが掲載されました。首相官邸HPからも見れます。

http://www.kantei.go.jp/saigai/kabeshinbun/

今回の災害派遣では同期が各師団・旅団医務官として多く勤務しており、助けてもらっています。ラグビー部の先輩、後輩も多く頼りになります。やはりこういうときの同期や部活の繋がりは大事だとしみじみ思います。被災された皆様に一日でも早く心の平安が訪れるよう、与えられた環境で日々bestを尽くしたいと思います。

現役のみなさんは新入生の勧誘、がんばってください。そして必ずやって来る次の震災に備えて今はしっかり勉強してください。


監督下番にあたりご挨拶(長文失礼します)[リレー日記]

 written by 魚住 洋一投稿日時:2011/01/31(月) 17:28

 現役部員、コーチ、OBの先生方、OGの皆さま、ご無沙汰しております20期魚住です。本来であれば新体制の報告後にご挨拶すべきところでありますが、都合で2月3日のOB総会、27日の追コンに参加できないため、ここで監督下番にあたりご挨拶申し上げます。
 2006年に研究科学生として防衛医大に1年半ぶりに帰ってきて、練習に参加しましたことを昨日の様に覚えています。ほどなく尾関OB会長、都築総監督、益子先生のご高配により、研究科学生でありながら監督を仰せつかりました。当時の部活の状況はグラウンドでfull contactで練習できる人数が10人ほどでFW, BKが相手を付けた練習をやるためにはBKとFWが入れ替わりでお互いのdefense, attackをやるといったものでした。これはここ数年来の流れで、なかなか変わりませんでした。そんな中、研究科学生(大学院生)=学生ということで関東医歯薬リーグでは私と私の同期の佐藤斗南くんに出場権利が与えられ、10年ぶりに「現役」復帰まで果たしてしまいました。野球でいえば古くは野村克也、最近では古田敦也のようなポジションに立ったわけです。ただ彼らと違い私は経験とプレーの質で現役を引っ張ることはできず、そのポジションには日本トップクラスの実績をお持ちの益子先生がいらっしゃったため、ほかの役作りを思案しました。
 私の中で「防衛医大ラグビー部監督」=3期 西田正之先生でした。西田先生は総合臨床部の助教授で多忙な中、持病のため運動制限がかかっているにもかかわらず、毎日練習に足を運びグラウンドに立ち、学生と共に汗と泥と雨にまみれながら私達現役を叱咤激励下さいました。その姿は時に鬼気迫るものがあり、私は何度その姿に勇気づけられたか分かりません。
 西田先生の様にはなれないけど、体力では現役に勝てないけど、毎日体を張って学生時代の経験を彼らに伝えよう。防衛医大7年生のようなポジションで行こう。(声だけは今でも負けない!)と思いました。と同時にラグビーで食べていくのではなく、医師たる幹部自衛官となる学生が社会に出てから必須となる才能をラグビーを通じて伸ばしてあげたいと思い、監督要望事項を「コツコツ努力する才能を磨け!」&「チームのために自分に今何が出来るかを考えろ!」としました。
 医者になってよく思うことは、才能に溢れただけのその日暮らしの医師よりも、毎日弛まず技術や知識を身につける努力を続ける医師の方が信頼出来るし、成功しているということです。また医療はチームで行います。看護師さん、検査/放射線技師さん、MEさん、事務の方々と良好な関係を築けない人は、患者さんへ良質な医療を提供出来ません。部隊勤務と通修(自衛隊の仕事と病院での研修)を新しい環境/人間関係の中で行って行く上でこの2つを磨く事は、必ず卒後役に立つと思ったからです。
 さて監督になって最初の2シーズンはなかなか思うように勝てませんでした。しかし人数がそろわなかったとはいえ同期の佐藤斗南くんと共に2008年のシーズンにフル出場できたことは、一生の思い出です。特に10年ぶりに味わった公式戦勝利の味は忘れられません。鳥肌が立ちました。使ってくれてありがとう。途中ドイツ留学のため1年間不在にしたこともみなさんにご迷惑をおかけしました。しかしその際、学生の指導官として大学に勤務していた24期鷲見君に監督代行をしてもらった事で、部の雰囲気がパッと明るくなりました。さらに学生との一体感も出ました。すると学生/OB一体の必死の勧誘も功を奏し(焼き肉代の寄付、いつもありがとうございます)1年生が9人—6人と続けてたくさん入部してくれました。この後半2年(2009−2010)が防衛医大ラグビー部のターニングポイントとなりました。部員1人1人がbestを尽くした結果、3部に昇格出来ました。塚本くんのキャプテンシーも素晴らしいものでした。手術で自分がプレー出来ず、本当に悔しかったであろうにも関わらず、チームをよくまとめました。天晴です。
 新年度からは妻鳥新部長、中谷 創(25期)新監督、益子コーチ、青戸コーチ、久米村コーチのご指導のもと、新キャプテン山崎学生をチームの核として、2部昇格の目標に向かって全力で頑張って下さい。
 私は防衛医大入校以来、ラグビー部の先輩方に大いにお世話になりました。今も毎日お世話になりっぱなしです。でも先輩方にはその1割も恩返し出来ておりません。その代わりその感謝の思いの一部を学生の皆さんに還元してきたつもりです。私個人への恩返しはまったく不要です。その代わり諸官の後輩にそれ以上に返してあげて下さい。この輪廻が「防衛医大ラグビー部の伝統」醸成に繋がると信じています。
 脳外科医をやっていて強く思うことは、「死は前触れなく突然やってくる」です。悔いのない人生を送るために、毎日を全力で生きてほしいと思います。
 また自分のためにしたことは死とともに消滅するが、誰かのためにしたことは、死後も誰かの中で生きます。人は自分のために生きるのではなく、誰かのために(家族のため、社会に役に立つために)生きるのだと思います。学生時代はとりあえずチームのために生きて下さい。
 いつも温かくサポート頂きました、尾関会長をはじめ、OB会の先生の皆様、学生時代から私の危機を幾度となく救って下さった益子先生、グラウンドでいつも子供を見てくれたマネージャーさん、そして何より私がラグビーに参加できるよう、医局内で調整頂き、脳神経外科のいろはからご指導頂きました都築先生、本当にありがとうございました。お世話になりっぱなしで何も恩返し出来ておりませんが、受けたご恩は後輩や周囲の人に還元していきたいと思います。これからもお世話になります。どうぞよろしくお願い致します。
 同期の斗南くん、無理聞いてくれてありがとう。面と向かって言えなかったけど、本当に感謝しています。ありがとう。
 最後にいつも快くラグビーに送り出してくれた家族に感謝して、下番の挨拶と致します。ラグビーやってて本当に良かったです。防衛医大ラグビー部に栄光あれ!

研究科卒業を迎えて―ご挨拶―[リレー日記]

 written by 魚住 洋一投稿日時:2010/09/29(水) 23:04

現役のみなさま、OBOGの皆さま、ご無沙汰しております、20期魚住です。

この度、930日付で医学研究科を卒業し、101日から守山(名古屋)で医務官を命ぜられました。4年間の夢の様な研究生活に別れを告げ、部隊勤務となります。

 益子部長をはじめ尾関OB会長、都築総監督、OB会の先生方そして現役の学生のみなさんのご高配により、研究科学生をしながらラグビー部の監督をさせて頂くことが出来ました。

 私が学生の頃は3期の西田先生が監督をされており、総合臨床部のスタッフでありながら毎日練習を見に来て下さり、試合前は必ず「殺す気で行け!死亡診断書は俺が書いてやる!」と私達を鼓舞してくださいました。そのイメージがあまりにも強く、自分に監督が務まるのか非常に不安でしたが、自分は西田先生にはなれないし、自分に出来ることしかできない、bestを尽くそうと割り切りました。

 ラガーマンとしてのキャリアも浅かったため、プレーでもチームを引っ張ることはできませんでしたが、明るく激しく強いチームになってくれればいいなぁと思って現役とグラウンドを走りました。

 思いがけず一昨年のシーズンでは研究科同期の佐藤斗南くんと練習試合だけでなく公式戦に全戦出場させてもらうことが出来ました。10年ぶりに公式戦勝利の美酒に酔えたのは本当に幸せでした。

 昨シーズンは留学させて頂き、不在にしたため学生と監督代行をしてくれた24期鷲見くんには迷惑をかけました。しかし昨シーズンから鷲見君がチームをしっかりと見てくれたおかげで、今シーズンのチームはまとまっています。ありがとう、感謝してます。

 今シーズンは幸先良く、初戦を勝利で飾ることが出来ました。なんとか3部に上がれるよう転属後も全力でサポートしたいと思います。名古屋からなら近いので週末の練習から参加したいと思います。現役のみなさんは定期試験なんてサッとクリアして、残りの試合に万端の準備で臨んでほしいと思います。「練習は裏切らない」よ。

 OBの先生方そしてチームを支えて頂いております益子部長、青戸さん、久米村さんをはじめとするコーチ陣の皆さま、今後とも現役のご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。キャプテンの塚本学生の強力なリーダシップのお陰でチームは非常にいい状態です。勝利への原動力となりますので、是非今シーズン残りの公式戦に一人でも多くのOBの先生方、OGのナースの方々に応援に来て頂けますことをお願いしまして、挨拶と致します。

 

帰国報告[リレー日記]

 written by 魚住 洋一投稿日時:2010/05/31(月) 21:03

OBOGの皆様、コーチ陣の皆様、現役部員、マネージャーのみなさま、ご無沙汰しております、20期魚住です。430日に無事留学先ドイツより帰国致しました。留守中は24期鷲見先生を始め、みなさまにはご迷惑をおかけしました。今後、留学で身に付けて来たこと、経験して来た事を後輩にfeed backしていければと思います。今後とも現役共々ご指導の程、よろしくお願い申し上げます。

 留学中も益子先生から背中を押してもらって、クラブチームでラグビーに触れる事が出来ました。言葉はあまり通じなくても心は通う事がよく分かりました。やはりラグビーは最高のスポーツです。

閑話休題、益子先生もブログで紹介して下さっていますが、先週末は第11回のメディカルセブンスでした。7人制ラグビーはオリンピックの正式種目にもなりましたし、今後現役だけでなく、唯一出場できる公式戦としてOBも本格的に取り組んで行ければいいなと考えております。現役はプレートとは言え、トーナメント優勝おめでとう。「1日3試合すべての試合に勝った」ことは出場できた部員だけでなく出場できなかったけどサポートしてくれた部員、マネージャーさんにとっても秋のシーズンに繋がる大きな収穫になったと思います。また6人の新1年生の加入でチーム内の競争が活性化することも間違いはなく、このことも防衛医大ラグビー部が強くなることに貢献してくれるでしょう。

 私も残り半年の研究科学生生活、全方面bestを尽くして頑張りたいと思います。とりあえず、「何事にもbestを尽くす、出来るまで諦めない!」という精神は、外国でも通用し、信用されることが分かりました。現役のみなさんも日々bestを尽くしてチームの勝利に向かって頑張りましょう!


留学最終日にover 35の面々と


練習最終日にチーム内の日本人同級生と2人のコーチとともに。記念にミニラグビーボールを頂きました。

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