リレー日記

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あのながい1年の振り返り

 written by 井上 壱翔 投稿日時:2026/05/01(金) 01:25

2年の井上です。

皆様こんにちは、とはいってももう深夜ですが、しんやといえばラグビー芸人のしんやさんという方がいらっしゃるのですが、元木に紹介されて以来、「寮にいるダルいけど嫌いになれない先輩」シリーズの動画が更新されるのをささやかな楽しみにして生きております。
さて、晴れて2年の井上と紹介させていただけることになり、まことに光栄です。というのも、かつての戦友である某IくんとFくんを1年生に置き去りにしてしまったからなのですが(実はM君もギリギリだったというのはここだけの話です。)
進級の厳しさを目の当たりにし、諸先輩方の偉大さに畏れを抱くばかりです。
そして、4月の頭には53期の後輩たちが入校、そして先日下対番の谷口がめでたくラグビー部に入部、いよいよ立場に甘えていられないぞと身が引き締まる思いです。

そんなこの頃ですが、今回は昨年の振り返りをメインで書いていきたいと思います。
まず、ラグビー部に入部(!)したところから。今考えても、なぜラグビー部に入ったのかは謎のままであります。たいそうな理由を(恥もへったくれもなく)語ったこともありますが、本当のところは、先輩のくださった焼肉弁当があまりにも美味しかったから、くらいの理由に類するに違いありません。でも、焼肉弁当のエネルギーを勇気に変えてみてよかったな、とは今は思っています。

去年の6月、本格的な練習が始まり、次第にラグビーの辛さを学んでいきました。メニュー表に見えるフィットネスの6文字。ああいやだ、もう辛いよう、と思いながらも、あの頃は元木や藤原、池上がどんなやつなのかわかっていなかったので、同期の前とはいえ迂闊に弱音は吐けません。最初によく話すようになったのは池上でした。ある日、勇気を出してフィットネスいやだよう、というと、池上が堰を切ったような勢いで共感の言葉をかけてくれました。それからは二人で、今日の練習はきつかっただの、タックルが痛いだの、先輩の筋肉が発達しすぎて熊と戦っている気分だ、だの、色々愚痴を言いながら練習に来ていました。しかし、全く弱音も愚痴も吐かない男が同じフロアにいました。元木です。4月の最初に知り合った時からどこか底知れない、得体の知れない、そんな印象がありました。誰もが認めるイケメン、完璧なスタイルの持ち主、抜群の俊足、元木はどこか自分にとって憧れのような部分もありました。そしてこれは元木には内緒ですが、元木の方がひとつ年上ということもあって、少しばかり兄のような感覚がありました。元木が弱音を吐かないのに、自分が愚痴ばかりではやつよりイケメンにはなれないし、同期が兄貴分では悔しい、という論理で、次の愚痴は元木が愚痴を言ってから、ということに決めました。もうひとりの同期、藤原も謎が多い存在でした。こちらも弱音を吐かない。が、よくわからないオンラインゲームに何万円も給料を溶かしている男で、そして灘高校の出身です。そんな灘のオタクに負けていいのかとも思い、私が愚痴を言うための条件は、元木と藤原が弱音を吐く、ということに決定したのです。そう腹を括ってしまうと、フィットネスもサウナのような趣のあるものに思えてきて、練習が少し楽しくなりました。この辺りから、同期の3人とはかなり仲良くなり、色々な悪さをした思い出があります。怪我をして少しも自力で動けない元木を病院に連れて行くために奮闘したり、池上とふたりで元木の看病に行くのに知恵を尽くしたり。(その頃の面会最大人数がひとりだったのです。)暑さにバテてしまった池上が、藤原が訳のわからないことを喋ってる幻聴が聞こえるといい、藤原は本当に訳のわからないことを喋っている。だから大丈夫だよ池上よ、と。そんなことを言っているうちに池上が痙攣して倒れてしまったこともありました。慌てて水をかけ、冷房の効いた部屋へ運ぶ。戦友のありがたみと、熱中症の怖さと、その対応もしっかり学んだ、てんこ盛りの初夏でした。

そういえば、例の元木が初めて弱音を吐いたと思われるのは、夏合宿後半戦、菅平でのことでした。もう帰りたいようと一言。私は何かせき止められてきたものが一気に放たれたように辛くなってしまい、それから帰るまでの数日、ああ帰りたい、帰りたいと終始心の中で呟いていました。諸事情あって先生や先輩方に迷惑をかけてしまい、その後も繰り返してしまうことがありました。この頃、夏合宿の疲れもあり、心のどこかが限界を迎えていたらしく、池上と元木と、もう部活辞めたいよ、と話すようになりました。毎回の練習の前に3人で部屋に集まって、いやだなぁ練習は、と言いあい、練習の後は夜遅くまで辞めたい辞めたいと言い合う日々が過ぎていきました。なんとか持ち堪えていた我々3人は、藤原はなんだかんだでタフだなぁと感心してたのでした。彼がいきなり部活を辞めると言い出したのはそんな時です。あまりにも衝撃的でした。

私と元木は池上を引き止めることができませんでした。彼の気持ちは痛いほどわかったし、自分も、明日にでも先輩に辞めたいと言いに行こうか、と思っていたからです。2人がかけてしまってから、先輩たちには、井上や元木も辞めたいんじゃないか?と聞かれることが増えました。半分冗談のようなノリだったので、そんなことないですよ笑、と返してはいましたが、その繰り返しで(これこそが先輩方の策略だったのかも知れませんが)もう今度こそ、やり通す覚悟を持って取り組まなければいけない、と思うようになりました。もちろん今でも気持ちの浮き沈みはありますが、なんだかんだでラグビーって楽しい、少しプライドもある。だから頑張ろう。という考え方が、あれからずっと心の支えになってくれている気がします。

忙しいシーズンを終え、オフに入ると、世界の全てが素晴らしく見えました。毎日が飛ぶようにすぎ、体は次第にぬるま湯に浸かっていきます。筋トレや増量など、練習に比べればなんて楽なものでしょう。オフ期間でずいぶん強くなることができました。(念願のベンチ100キロも達成できました!)最高の旅行や、最高の食事を楽しみ尽くし、心身ともに完全に回復することができました。

2月、オフも終わり、いよいよ49期の先輩方による新体制でのチームが始動しました。オフが終わることに対する悲哀の情はあまり沸かず、むしろ、未来への展望がひらけたような感覚がして、ワクワクしながら最初の練習を迎え、、
そして今に至ります。
人生で一番長い、そしてハードな一年でした

春合宿で肩の脱臼をしてしまい、その後何度も繰り返すことになってしまいました。今後どうするかは迷うところではありますが、先輩方愛用のMADISONの購入だけは決定しています。笑
辞めたいだなんて、とんでもないです。もはや運命共同体の元木と一緒に、最近本当に忙しそうな松本さんの力になれるよう頑張り、そしてこれからのラグビー部を盛り上げるべく強くなっていきたいと思います。(まずは怪我を治したい!)

次は運命共同体なのに先に彼女を作って幸せそうな元木くんにバトンを渡したいと思います。
もときくーん、、、

 

半生を振り返ると涙もろくなるのは年のせいですか

投稿日時:2026/03/27(金) 12:50

お久しぶりです。6年生最後のブログは甲斐が担当させていただきます。
卒業してこの6年間を回想すると、長かったようであっという間で、どの思い出もかなり鮮明に思い出せます、割とガチで。

 

 

 

 

 

大学1年生の3月、久しい相手から1通のメッセージが届きました。

 

「4月から防医に行くことになりました。よろしく、先輩!」

 

高校同期だった板井くんです。

 

そこで、同フロだった神宮にそのラガーマンの入校を教えると、彼が無事入部する頃、何故か僕の体験入部も始まりました。チームの温かさ、ラグビーの熱さに惹かれて、校内での夏合宿でみんなが泥んこになってる中、僕はこのチームの一員になりました。

 

僕のラグビー人生は、この2人の存在無くして 始まらなかったのではと思います。本当に感謝してます。

 

 

 

 

 

ついでに言うと、初めてラグビーを知ったのは2015年W杯、深夜に宿題をしながら何気なくテレビで見た日本vs南アフリカ戦でした。当時はよく分からんスポーツでしたが、テレビの向こうの熱気と歴史的勝利の盛り上がりのおかげで、僕にとってラグビーがやってみたいスポーツにまで昇格しました。

 

 

 

あと2019年W杯のとき、大分でのライブビューイングで、監獄とも呼ばれる某予備校を抜け出して試合観戦してた僕をノリでリフトしてくれたオーストラリアの兄ちゃんたちにも感謝しています。

 

 

 

神宮に誘われたときにラグビーやってみようと思えたのは、こうした温かいラグビーファミリーの存在のおかげだと思います。





↓ 脱獄した浪人生





 

 

せっかく鮮明に思い出したたくさんの思い出も、ここでは冗長になっちゃうのでいつかの語り草にしたいと思います。

 

 

 

僕は今、陸自の幹部候補生学校のある久留米に向かう新幹線の中で筆を取っています。話に聞く昔ほど厳しくはないでしょうが、時間的、精神的に追い込まれる2か月間になるだろうと覚悟しています。

 

 

 

現役時代はあんなにしんどかったラグビー部も、落ち着いたらまた行きたいなと思う今日この頃です。

 

先日のOB戦でも、先輩方のおかげもあって、ラグビーというゲームそのものを楽しむことが出来ました。今ではInstagramのリールの大半がラグビーに染まるほど、僕の人生の一部になっています。

 

上から貰った恩を下に施せるように、医者になっても部活に通えるように頑張りたいと思います、少なくとも今は。

 

ここ3日間、グループに流れてる練習動画を見ては懐古の念に浸っています。春合宿頑張ってね。また会いに行きます。

 

 

 

 

 

これでブログ書くのも最後だと思うと名残惜しいですね。

 

最後に、今までラグビーを通して関わってくれた全ての人たちへの感謝の言葉で締めくくりたいと思います。

 

 

 

ありがとうございました。

 

新たな季節、新たな私

投稿日時:2026/03/24(火) 13:12

お久しぶりです。じんぐーです。



 



現在、広島の幹部候補生学校に行く前の研修で横須賀にいます。環境は変わりましたが、この前、神奈川歯科大学ラグビー部の友達2人とご飯に行って、横須賀を案内してもらいました。



 



この2人とはセレクションで出会った仲間で、自分は初心者からのスタートだったこともあり、他チームのプレイヤーと今でもこうして繋がっているのは、正直すごく貴重でありがたいことだと感じています。当時関わってくれた人たちや環境には本当に感謝しています。ラグビーをやっていなかったら絶対に出会っていないし、こういう繋がりができるのは、このスポーツの良さだなと改めて思いました。



 



先週は追いコンを兼ねたOB戦がありました。これがすごく楽しくて、自分が下級生の頃に一緒にやっていた先輩たちと、今度は同じOBチームとして試合ができたのがとても嬉しかったです。プレーしながら少し懐かしくなる瞬間もあって、こういうのもラグビーのいいところだなと感じました。



 



ラグビーは先輩後輩の繋がりが強くて、時間が経ってもこうして一緒にプレーできるのが魅力だと思います。横須賀病院の先生の中にもOBの方がいらっしゃって、「ラグビー」を通して距離が縮まり、先輩ですが仲間のように感じられました。



 



話は変わりますが、横須賀生活もわりと満喫しています。海も近いですし、夜はみんなで居酒屋やラーメン、温泉に行ったりしています。おすすめがあればぜひ教えてください。



 



あと個人的な報告ですが、先週医師国家試験の結果発表があり、無事合格しました。ひとまず安心していますが、ここからがスタートだと思っています。



 



最後に後輩のみんなへ。卒業式でも話しましたが、それとは別で。ラグビーはきつい部分もあるけど、その分ちゃんと楽しいし、後から振り返るといい思い出になります。そして何より、人との繋がりがずっと残ります。OB戦みたいに、何年経っても一緒にプレーできる仲間がいるのは本当にいいことだと思います。今の時間を大事にして、思いきりラグビーをやってください。



 



またグラウンドで会えるのを楽しみにしています


ラストは甲斐です。

屁理屈も理屈のうち

投稿日時:2026/03/23(月) 19:44

お久しぶりです皆様、神に愛されて運だけで乗り切ってきた漢、上野です。



入学なんてできるわけ無いから始まり、絶対どこかで留年するという熱いメッセージ、直前模試学年最下位を経て無事に国家試験に合格しました。

我ながら強運ですね、ギャンブラーはこうでなくっちゃ。



そんなこんなで6年間経ったわけでブログもラストになるんですけど何を書きましょうね。

かっこいい事とか後輩に向けてとか書いた方がいいんでしょうけどなんせあてにならない無理矢理突破ニキなもので困ったものです。



というわけで最後に相応しいかはともかくで僕は後輩に向けて国家試験、ギャンブルで困った時の藁ぐらいの感覚で使える上野式(邪)推論について話をしたいと思います。



①国試で見た事ない病名、薬等が選択肢に1個の場合正答を疑うべし

見た事無い、聞いた事無い選択肢がたまに出るんですけどその場合は設問者の意図と戦いましょう。他の知ってる物での間違いを指摘して消去法でこいつを選んで欲しいという設問者の意図があります。



②国試で見た事ない病名、薬等が選択肢に複数の場合消すべし

①の逆で設問者としては一本釣りしてほしいという意図があります。



③それっぽい知らない疾患名は選ばないべし

①と矛盾する時あるんですけど問題中で「関節が痛い」と会った時〇〇関節炎とか選択肢にある時があります。っぽいんですけど大体間違ってます。



④ネットのギャンブル予想には従うな

回収率106%!とか謳って予想だしてる人達がいますけど、予想あげてないレースも込みの可能性が非常に高いです。

ちゃんとしたギャンブラーなら当たった時3倍くらいになって返ってくるように予想するんですけどそう考えると回収率110%ですらめっちゃ外すんですよ。大体1km以上走って結果馬のハナ差とかあり得るのに完璧に予想なんてできるわけないっつーの。趣味なら自分の馬、船信じましょう。



書いたはいいもののまじでためにならんなこれ。



こんな先輩でもなんとかやってるから頑張れ真面目な後輩達!

とにかく学生のうちに色々突っ走ってください!



またどこかで会いましょう!







 

この支配からの

投稿日時:2026/03/06(金) 23:57

ご無沙汰しております。草間と申します。



 



僕は弱い人間です。



鬼滅の刃は無限列車編も無限城編も観に行きましたが、いまだに強くなれる理由を知れていません。



 



一昨年の夏、赤十字を出禁になりました。



鴻巣で免許更新のついでに献血をした後日、赤十字から手紙が届きました。



要約すると、「お前の血は使えないから二度と献血にくるな」という内容でした。



それ以来、毎日のように来ていた献血のお願いメールが一通も来なくなりました。



今の僕は血の一滴すら人の役に立てることのできない弱い人間です。



 



 



最近、国試やら幹校やらの書類で学歴を書く機会が多くありました。



 



平成31年 入学



 



冗談かと思いました。



騙されていると思いました。



異変が起きているので引き返した方がいいかもしれないと思いました。



しかし、何度確認しても平成に入学したという事実に相違はありませんでした。



令和に生まれた子の首が据わり、歩き始め、小学校に入学した内に僕は頸椎ヘルニアを患い、ずっと防衛医大で足踏みしているだけでした。



情けないことこの上ないです。



 



 



明日、卒業式を控えています。



予行練習で何度も校歌を歌いました。



 



「燃ゆる若人」



「励む若人」



「輝く若人」



 



僕は2000年生まれ、20世紀最後の世代です。



21世紀生まれの若人に囲まれながら前世紀の古い人間がのうのうと「若人」などと歌っていいはずがありません。



老人とまでは言いませんが、決して若人でもありません。



人です。



燃ゆる人、励む人、輝く人です。



これからは人として励もうと思います。



 



後輩のみんなは僕を反面教師にして強い人間になってください。



 



次回は上野曹長です。

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